apple-history: 1993-1996


|| TOP || 1976-81 | 1981-83 | 1983-85 | 1985-93 | 1993-96 | 1996-97 | 1997-2000 | 2000- ||



1993-1996

スピンドラーは全ての面でこの要職に適していなかった。他人と係わりを持つ事を好まず、彼のオフィスへ立ち入ることはほとんど不可能であった。だが彼はその2年半の在職中にいくつかの事を実行した。

1994年にアップルはPowerMacファミリーを発表した。IBMとモトローラが共同で開発する超高速プロセッサーである。PowerPCプロセッサーによってMacはIntelの最新プロセッサーと速度の面で争うことになる。

スピンドラーはまたMac OSを他のメーカーに対してライセンスを行った。一時はクローンとして最も成功したPower Computingを含むいくつかのメーカーが相手だ。しかしライセンス合意には制約が多すぎると考えられ、Mac OSのライセンスを受ける企業は限られた数だった。

アップルの最大の問題は、コンピュータの売り上げ面ではなく、製造面だった
1995年の6月、アップルは1億ドル分の受注を受けながらも製造する部品が無い、という事態に陥った。またその年の夏に発売されたWindows 95(Macのインターフェースを模倣しそれ以上のものにした)が追い討ちをかけた。

1995年から翌年にかけて、アップルは最悪の製品を投入した。完全に市場の読みを外し、ミッドレンジのPowerMacよりも力を注いだローコストのPowerMacであるPerformaは、何の利益も産まなかった。
その四半期にアップルは6千8百万ドルの赤字を計上した。一月にスピンドラーはCEOの座から転落し、前ナショナル・セミコンダクターの社長のギル・アメリオが取って代わった。


|| TOP || 1976-81 | 1981-83 | 1983-85 | 1985-93 | 1993-96 | 1996-97 | 1997-2000 | 2000- ||


このページの文章の著作権はGlen Sanford氏に帰属します。日本語翻訳は野口 卓が行いました。
このページの内容を許可なく雑誌等の出版物に転用してはいけません。

This site and all of its contents are © Copyright 1996,7,8,9,2000 Glen Sanford
Use of any text, image, or content without permission is prohibited.
BMUG Japan Top Page